あらすじ
どこかにあるはずの街、守津町。アジア主義五族協和派王崎公平の出身地であるこの街にも、あんたら生活者の地球より重い私生活と、生命より重たい貯金通帳を守るブルーカラーがいる。その名はS県福祉公社。名称に社会がつかないのは、社会主義を想起させるからだ。社会主義ってのはアジア主義に近いものだからな、ってわけだ。
その公社の社員に棚橋ってのがいる。そいつが主人公だ。こいつのパートナー=フラテッロの名前は、ソーニャ。ロシアのどっか奥地からやってきた娘だ。この二人が、今回は公社の研修を受けることになる。その研修の前に、アジア主義者にテロられた無辜な民を弔おうってセレモニーがあるわけよ。
緑色の良く伸びた芝生の上に、八畳間ほどの平面を立方体にしたぐらいの建築物の残骸が転がっている。青灰の塗装が所々剥げ、赤黒い鉄筋が覗く。壁の穴からは背の高く硬い皮膚を持った外来の草が花を咲かしている。穴の奥には、昔のSF映画に出てくるようなデザインの冷蔵庫とキッチンが見える。
「双子山公園少年の城爆破事件」。9.11を逆さにした1.19の日付に起ったS県の公共宿泊施設を倒壊させたテロ事件。大阪万博会場のデザインに関わった前衛建築家が設計した当施設は、県内では「とうもろこし塔」の異名で知られている。「円柱の周囲に立方体のユニット式宿泊カプセルを設置し、カプセルが老朽した際は、塔頂部にあるクレーンでカプセルを交換するユニークな建築方式だった。」と、研修用のパンフレットには書かれてある。ネットで調べたところ、建築マニアやインテリ風の人々に、この地元の施設はかなり有名であったらしく、自分が小学校時代に泊まった学習施設が、「筋」の人には好評だったとは、何か不思議な気分になる。僕の個人的な思い出を話させてもらうと、クーラーがかび臭く、寝られなかったことぐらいだ。
「少年の城」は、テロ事件が起る数ヵ月後に取り壊される予定であった。カプセル交換という複雑怪奇なシステムは結局一度も使われなかった。70年代に夢見られた未来の建築方式は、30年後の腐った未来には不適応で、老朽化と利用者の減少、行政の合理化を鑑みると、取り壊したほうが遥かに安上がりだった。取り壊しの反対運動は起きなかった。S県に、前衛施設を擁護するようなインテリはいなかったし、いたとしても反対者に運動家気質の人間はいなかった。
その取り壊しの前に、テロは起った。五族協和派王崎公平の、記念すべき最初のテロ行為だと言われている。前衛建築家は、自分の建築物を壊されたのにも関わらず王崎をベタ褒めした。そしてしっちゃかめっちゃかな言葉で祝辞を述べた。<現実界><イマジネーション><新しい『新しい革命』 ><9.11のシミュラークル><シニシズムのシニシズム化>云々。まあ、斜め読みすると、建築家が若いころなせなかった革命を、若者がやってくれて元気でいいですね。それに比べてニートはバカ。俺の芸術が腐れ行政じゃなくてテロリストに破壊されてよかった。俺も有名になったし。ぐらいの意味だろう。
不時着した宇宙船のような瓦礫が撤去されないのは、この廃墟が有名美術雑誌に取り上げられたからだ。美術雑誌曰く「今世紀最高のコラージュ」。タレント活動もしている美術雑誌の編集長は、その後NHKの教養番組に主演し、VTRに合わせて当施設を褒めまくった。翌週の日曜日、普段は閑散としていた公園にはリタイアした団塊の世代が大挙して押し寄せた。観光客目当ての地元商店街、公園の管理事務所、そしてアジア主義的傾向を持つ県議会議員たちが「追悼のモニュメントにする」とかなんとかいう建前で、塔の残骸をそのままにしておいて観光地化してしまうことを決定した。ちなみに守津市の名産品を売っている「道の駅 もりつ」では、塔のマークが入った饅頭が今も売られている。あと、某美術雑誌で塔の残骸を「コラージュ作品」と評した論者は、自作のコラージュが著作権違反だか何だかで未だに裁判中である。
その廃墟の前に、僕がいる。空へむかって、髪の毛の色がそれぞれ違う義体たちが弾を放った。金属の筒が幾つも放り出される。黒い鳥たちが奥の森がカン高い声を上げる。今日は公社の研修が、公園内のテロの被害を受けなかった施設で行われる。逸見さんは「座っているだけで金がもらえる」と上機嫌だ。儀式の終わった少女たちが、フラテッロに駆け寄る。シオリは逸見さんに飛びつき、彼は少女を抱きかかえる。ちゃっかり、手を尻に回している。
ソーニャが僕の前にやってくる。テロを許してはいけない、と彼女なりに僕に気に入られそうなことを探りながら言ってくる。彼女の声は空虚で、耳には届かなかった。ただ、僕は、昔キャンプファイアーをしたこともあるこの公園で、ノスタルジーというよりかは、何か恨みの炎というものが腹の奥で燃えていることを発見した。僕は、何なのだろう。同年代の王崎はこの公園から人生を始めた。僕は、いま、どこにいる?
節電のせいだろう。ホールは薄暗い。丘の上を通ってくる陽光が、何とかいう焼き物でできたタイルに反射する。あめ色の光が、ドーム状の天井にぶつかる。地中海風の大理石の巨像が、研修室に続く廊下の前にそびえたっている。裸体の男性の像。筋骨が発達し、陰毛を生やした性器が垂れ下がっている。題名は躍動1972。像は、僕が小学校のときに宿泊訓練でやってきた頃と何も変わっていない。少し色がくすんでいるかも知れない。施設も傷んでいることだろう。でも、時間はずっと止まったままだ。そして、それは、僕も同じだった。
確かにひきこもりからは脱した。昼夜逆転の生活も、誰とも話さない日常も、10時間を超える睡眠時間も、暇があればオナニーをする習慣も、すべて矯正した。遅刻はしない。訓練も棚橋さんよりかはまじめにやっている。母親からも「少し精悍になった」といわれた。P2Pでエロ動画をダウンロードして、小遣いを節約し、時給換算1000円以下の安い給料の中から貯金もしている。けど、違う。違うんだ。手ごたえがないんだ。
同年代の人間たちは今頃、営業マンでもやっていて、月に2〜30万は稼ぎ、スーツを着て、事務員の女と仲良くやっていることだろう。車を買い、フットサルでもやって、酒の薀蓄を語り、結婚でもしていることだろう。僕の手は、「普通」と呼ばれるものたちに、絶対届かない。眼を合わせることもできない。「普通」のものは、もっと近くにあったはずだ。いつからか、僕は取り残された。
同期の使える奴らは都市に出た。カフェで、ネクタイを締めて、営業スマイルとトークで、女の股をこじあけているんだろう。僕だけが、思い出になるはずだったこの場所に閉じ込められている。
「棚橋さん。」
ソーニャが呼ぶ。あの頃の僕と同じ年齢の、少女が僕を見上げる。薄い色の目。唇。日本製のAK。
「気分が悪いのですか?逸見さんに言ってきましょうか」
Akがあれば、あの露出狂の像を叩き壊すことができるだろうか。少女は僕を、遠くへ連れて行ってくれるだろうか。ソーニャは僕を心配している。戸惑って、ただその場に立ち尽くしている。棚橋の妄想が始まった、とは決して思っていない。
仕事をまじめにやろう、とふと思った。まだ、僕は何かできるはずだ。ソーニャを引っ張ることはできなくても、彼女と一緒に歩を前に進めることは無理なことではない。
今ここにあるガラクタのような事物を組み合わせ、沸騰させれば、どこかに届くはずだ。逃げ帰ったって精液の染み込んだ布団しか僕には残されていない。そして、失うものは数万円の貯金と1TBの外付けHDDだけだ。
「ソーニャ。行こう」
少女は微笑んだ。営業マンの見せる愛想笑いではない。手を引っ張りたかったが、今は止めておこう。積み上げれば、きっといつか彼女の手に届くはずだ。僕は歩いた。後ろからAKと制服がかすれる音が続いた。
- 2011/10/20(木) 21:12:44|
- ガールズオンザラン
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0

強い日差しは部屋に深い影を作った。
暗い室内に天井から降ってくる埃が、モニタの光に照らされている。
カーテンが半分開いた窓辺には、椎名まゆりが100円ショップで買ってきた観葉植物が並べてある。
部屋の住人二人は、買って来た次の日には、植物があったことを忘れていて、5・6個ある愛玩物たちは、全て枯れるか腐るかしていた。
葉のくさった匂いに、バナナの皮の匂い、唐揚げの香辛料と油の匂い。
カビの匂い。
まゆりがメイド喫茶に行く時につける香水の匂い。
便所の汚物入れからやってくる血の匂い。
そして精液の匂い。
それが、この部屋の匂いだった。
岡部倫太郎は18歳だった。
大学生ならば、入学式が終わり、大学生活に馴染もうと必死になる時期だ。
高校卒業者ならば、職場で右往左往している頃だ。
岡部倫太郎は中卒だった。
当人は高校中退と言い張っていたが。
小学校の頃彼は「神童」と呼ばれていた。
勉強は授業を聞かなくても、テストになれば満点を取った。
中学校の頃にその呼び名は怪しくなってきたが、高校は県内一の進学校に入った。
一年の一学期末のテストで彼は、最下位から20番内の成績を残してしまう。
神童ともてはやされた彼のアイデンティティはここに崩壊した。
岡部倫太郎は
「こんな学校生活では脳が腐る」
「一人で勉強していた方が遥かに効率がいい」
「親元で暮らすやつは甘え」
「俺は田舎で終わる人間ではない」
「よって俺は高校を辞めて、東京で一人暮らしをして、東大に入る」
と未だに息子を神童だと思っている両親を騙して、上京した。
東大は無理だが、早稲田ぐらいなら入れるだろう、と彼は思っていた。
しかし彼にはもっと別の夢があった。
音楽関係者になることである。
雑誌と深夜ラジオの影響で彼は、高円寺に住むことにした。
業界人の界隈をしばらく彼は徘徊した。
いうまでもなく相手にされなかった。
音楽の造詣がない。
酒が飲めない。
服装がださい。
それ以上に彼にはコミュニケーション能力がなかった。
勉強も途中で放り投げた。
予備校の学費を全てCDにつぎ込んだ。
ケータイも学費で買った。
オタ系トランスなイベントで出会った橋田至という男から、P2Pで音楽を落とす方法を教わった。
PCを買うとネットにはまった。
一日中、ネットのまとめサイトをめぐり、性欲が溜まればP2Pでダウンロードした動画で抜いた。
18歳の春。
大学どころか、大検を受けてさえいないことが両親にバレた。
薄々は感じてはいたようだが、ついに親が切れた。
「酒屋をやめてコンビニを始めるから、家にもどってこい」と言われた。
岡部倫太郎は親からの警告を無視した。
仕送りが止まってしまったから、職を探した。
工場、弁当屋、郵便局。
全ての面接に彼は落ちた。
この世の全ての人間を殺してやろう、と思った。
同時にそんな度胸がないことを彼はよく知っていた。
彼は貯金が尽きるまで、東京でニセの東大生を演じてやろうと考えた。
殺人が出来ない人間の、復讐のような代償のような行動だった。
東大の理工学部に潜り込んだ。
なんとなくかっこいい、という理由で量子力学の授業に出た。
教授が生徒たちの興味を引くために
「タイムマシーンの可能性」
「多世界解釈論」
をおおざっぱに語っていた。
教授の言葉を岡部倫太郎は飲み込んだ。
岡部倫太郎にとって量子なんてどうでもよかった。
彼は都合の良いところだけを掻い摘んで、彼は彼の物語をつむぎだした。
物語を飲み込んだ彼は、タイムマシーンを使ったかのように、かつての神童に戻った。
日本最高峰の学舎で一番難しい勉強をしている自分は一番偉いのだと思った。
その日のうちに彼は白衣を買った。
自分は「博士」だからである。
生協の店員が組合員証を出してくださいといったが、「世界線を、越えろ!」とポーズを決めるたら、無言でレジを売ってくれた。
それ以降彼は白衣を毎日着込むことになる。
「トゥットゥル〜♪おかりん、ただいまー」
変な帽子を被った女が家に帰ってきた。
女はこの部屋の女王だった。
女王がビニール袋を開けると、中にはタッパーとバナナと紙袋が入っている。
「おかりん、今日ももらってきたよー」
タッパーの中には、ケチャップライスが入っている。目一杯詰め込まれたせいか、米粒が潰れてフタにへばりついている。
「おかりん♪新しく入った娘がドジでね、だから炊きすぎちゃったの。店長に怒られるのはまゆしぃなのにね。高校生でちょっとカードゲームができるからって、調子にのりすぎなのー」
男は、言い訳程度の同情の顔をつくって、タッパーを電子レンジに入れた。
ケータイで120と打ち込んでメールを送ると、ターンテーブルが回り始めた。
男が知的な自分を誇示すために女王へプレゼントした「発明品」だった。
メイド喫茶で800円もするオムライスの中身が、回る。
男は、その回転を眺めていた。
120からどんどん数字は小さくなる。
減っていく数字と、一定の速度での回転。
俺の生きてきた螺旋のような年月も、この数字のように、0へと遡っていければいいのに。
男は、今こうでしかありえない自分と、今こうでしかありえない世界を恨んだ。
世界線。
多元世界。
タイムマシン。
「まゆり。唐揚げもよこせ。ケチャップライスだけでは食事にならん」
途端、容器にまで油が染み込んだ唐揚げが、男の顔にぶつかってきた。
「おかりん♪今日はハロワ行った?いい仕事見つかった?」
帽子をかぶったままの女が言う。
この部屋は女王のものだ。
でも男はナイトではない。
彼女の愛玩物だった。
彼の貯金は2ヶ月もしたらなくなった。
仕送り生活で身についた浪費癖は抜けきらない。
コーラではなく、わざわざドクペを選ぶといったような、自意識を演出するための出費。
そして通信費。
「くそ組織め」
彼は止められたケータイに向かって叫んだ。
叫ぶと気持ちだけは少し楽になった。
けど、なんの解決にもならない。
そんなことは彼自身が一番知っていることだった。
故郷への切符を買う金だけを持って街へ出た。
帰る前に秋葉原に寄りたくなった。
或る派遣工員が、殺戮劇を繰り広げた街。
もし、ヤツが別の分岐を進んでいたら。
彼は感傷を弄んだ。
もし彼にもう一度人生があったなら。
もし世界が分岐していたら。
こうでしかない世界を食い破るための方法があったら。
慰霊碑をケータイで撮影した後、土産話にでも、と彼はメイド喫茶に入った。
「田舎にはメイド喫茶なんてないしな」
東京でする最後の食事だ、と思って中に入ると、彼女がいた。
まゆりだった。
「まゆり。判るだろ。日本は不況だ。俺のようなヤツに仕事なんてない。それが世界の選択だ。俺はそれまで龍が淵で眠るように黙っているつもりだ。時が来たら、動き出す。そう諸葛亮孔明のように」
「ふざけんんんんなやぉおおおおお」
窓際の観葉植物を鉢ごと彼女は投げつけた。
男はかがみこむように素焼きの鉢を避けた。
鉢は電子レンジにぶつかった。
青い雷が舞って、地面が揺れた。
「何か」が確実に起こったと思ったが、彼女の怒りはそれを打ち消すのに十分だった。
「じ、じゃあ。こうしよう。俺が革命を起こす。東京都知事を追い出す。これで表現規制もなくなる。東京は日本から独立する。都民全員にはベーシックインカムを電子マネーで支払う。松屋の牛丼も、お前の好きな唐揚げも安くする。これで、どうだ。」
女は床に座り込んだ。
沈黙の後、まゆりは嗚咽した。
声はどんどん大きくなる。
「だれも好き好んで唐揚げなんて食ってないわよ。誰のせいだと思っているの」
「まゆり。人のせいにするのは良くない。大体、女は全てを他人のせいにしすぎだ。」
「出て行ってよ」
「え?」
「出て行って!ここは私のマンションよ!」
俯いたまま、女がバナナを握って潰した。
拳に涙が落ちている。
男は何も言わずに扉を開けた。
まゆみは最初、彼のことを「ドクター」と呼んだ。
彼がドクペを持って白衣を着ていたからだ。
ドクターは止めてくれ。と言うと、「だって、賢そうだしぃ」と女は返した。
「サイエンティスト?それ、まゆしぃすごくかっこいいと思うよ」
女がそう言うと、男はもうマッドサイエンティスト気取りだった。
後は、自分が東大に通っていること、東大で量子力学を学んでいること。量子力学にはシュレディンガーの猫というものがあること。を話した。
「電子レンジの中に猫を入れたらタイムトラベルするんだ。だから飼い主は大変に困ってしまう。だからアメリカの電子レンジには『猫を入れないで下さい』って書いてあるんだ」
と冗談を言うと
「ほんと?まゆしぃアメリカに行ってみたいー」
と彼女は冗談を真に受けた上に、楽しそうに微笑んだ。
俺を追い込んだ「組織」というものがあること。タイムマシンのこと。世界線のこと。自分の脳内の物語を彼女は全て受け入れてくれた。
他人に「物語」が受け入れられたということは、それはもう「物語」ではない、と彼には思えた。
だから世界線は在るし、タイムマシンも在る。
人生は一回のものではなくて、やり直しはありえるのだと。
水商売の女は調子がいいものだ、とも少しは思った。
ビッチ乙!と脳の隅が呟いている。
けども、まゆりは彼を部屋に招いた。
ここを「タイムマシンの研究所にしてもいいよー」とあの笑顔で言われた。
彼は故郷に帰らずに、女の家に上がりこんだ。
水商売をしている女のヒモ呼ばわりされたくないから、とにかく「何か」に必死になった。
タイターというネットで知ったタイムトラベラーの本をブックオフで仕入れて、気に入った部分に付箋を貼った。
ネットでタイムマシンという言葉にひっかかるページを片っ端から読んだ。
アメリカの電子レンジを買って、ケータイで動くようにした。
仕事で疲れて帰ってくる彼女には、特に慰労の言葉をかけなかった。
ただ、自分が、マッドサイエンティストとして振舞うだけで、彼女は満足そうだった。
おそらく女は自分のことを勘違いしているのだろう、と思った。
けど、自分に才能があることを誇示するのは心地よく、それを止めてしまうことは彼女への裏切りになると思った。
彼女は自分に別の人生を見ている。
こうありたかった自分を投影している。
誰にだって才能なんかは、無い。
無いから、天才そうな人間に、弱いヤツラは群がるのだ。
男は、彼女の別の分岐だった。
少なくとも、別の分岐に連れて行ってくれそうな、一つのきっかけだった。
世界線。
あるわけもない分岐。
こうでもありえた人生。
「しかし、誤解は解けた。」
白衣を着て、男は真夏の街を歩いた。
おそらく今度やってきたなんとかニャンという新人がすごい「玉」なんだろう。
そいつに客を奪われたんだ。
若くてカワイイ女に比べて、私は何人ものチンポ咥えた女だしな。とか。
上客をひっかけている何とかニャン。でも私のは単なるニートキ○ガイだしな、とか。
天を見上げるとラジオ会館がある。
何か巨大なものが降ってこないかな、と男は思った。
すべて壊してくれるきかっけがやってきてほしい、と彼は雨乞いをする古代の呪術者のような眼で邪悪な空を睨んだ。
帰るべき場所は彼にはなかった。
故郷へも帰れないし、派遣で働いてマン喫で寝泊りする根性もない。
知り合いの神社に転がる手もあるが、息子を襲うか、襲われるかの関係になるのはごめんだった。
だから、ブラウン管専門店の二階にある彼女の部屋に戻るしかなかった。
タイムマシンは無い。
だから、今を這うように生きるしかない。
ドリームキャストの本体とアルパカがどーのというマニヤ好みのゲームを土産に買った。
自分の小遣いで買ったものだが、元はといえば彼女の金である。
許してくれるだろうか。
玄関の戸にはアインシュタインのポスターが貼ってある。
マッドサイエンティストを気取りの部屋には、原子爆弾を作ったあの男のふざけた写真こそがふさわしい。
けども、アインシュタインの顔の部分が誰かに破られていて、「アインシュタイン」と書かれた文字も「アイン」部分がなくなっていた。
シュタインと書かれた門。
シュタインズゲート。
彼は取り返しのつかない一回性の扉を開けた。
孤独な観測者には、扉を開けるまで、彼女は怒っているか許してくれているかは判らない。
- 2011/06/21(火) 01:16:06|
- スピンナウツ
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
「事」が終わったあとで、私は一人外へ出た。
ミゾレが交じった雪が先に降ったせいか、今降ってくるものが、地面に落ちるたびに水へと変わっていく。
今は電気の通っていない電灯たちが、遠い場所で光っている人の灯と、雪の僅かな光を、低く低く反射する。
冬が好きだ。一人になるのも、内緒だけど、少し好きだ。冬の夜に電源が切れていない時は、たまにこうやって外へ出ることがある。
顔を天上に向けると、綿星のような雪が迫ってくる。空へ自分が連れ去られそうだ。
どこへも行けないのだ、と思う。人類たちは足掻いた。地の果てへ、天空へ人を飛ばした。結果があの戦争だった。
どこへも行けないことを悟った人が、自分のようなメイドロボを作ったのだ。生まれ故郷の工場の人たちは寂しそうな顔をしていた。彼らは私のような愛玩物ではなく、もっと違ったものを作りたかったのではないか、と綿国の星たちを睨む。
工場の壁面に書かれた、青い服の空を飛ぶ女の子。むかし、むかしのアニメーションだと出荷直前に聞かされた。
顔の雪を拭った。虹彩を収縮させ、どこにいるんだろう。と周りを見渡した。湖の向こうに少しだけの光。駅のほうへも少しだけの光。目を閉じて、寒気へとセンサーを尖らせた。
どこにいるんだろう。
悲しくはなかった。ただ、自分はこのような世界の、このような季節に生まれたのだ。とだけ思う。時間も地軸もないような世界。雪の中へ消えていくような現実。遠い星の国へ連れ去られた、人と私たち。
呼ばれたので素直に家に戻った。ご主人様は無言で私の雪を払った。私も無言だった。その後二人で、窓から外を見た。
「初雪だ」
とだけご主人様は言った。私はただ頷くだけだった。
- 2011/06/11(土) 21:38:06|
- シロクマとメイド
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0