台風がやってきていることを、ラジオのニュースが今更告げている。キャスターの声に雑音が混じるのは低気圧が雷を連れてきているからかも知れない。私はアホではないので、嵐の中わざわざ出かけていって、子猫を助けるだの、困っている犬の親子を家にかくまうだのといったお決まりのイベントを消化するつもりはない。なぜお決まりかって?昨日観たアニメにそういうシーンがあったんだよ!無論出かけていったってそんなシーンに出くわすわけがない。
私達の家は湖近くの一軒家なので大風が直接ぶつかりそうなものだが、周囲には防風用の林やら、葦が生えそろっているせいか、あまり強い風はやってこない。そしてこの家は平屋な上に、結構真面目な造りなので、台風対策は特に必要はない。つまり台風だからといって、メイドは特に何もしなくていいわけだ。
それどころか、台風が来るお陰で暑い外での作業は中止になって、体の調子は良いし、その上ご主人様は低気圧に当てられてダウンしている。つまり私は今この家の支配者というわけだ。ははははは。
とか思っていると、ご主人様は缶詰を取りだして、中身を皿に盛った。変な匂いだ。と言うと、「福神漬けだよ」と返された。昔から、この国には台風が来ると福神漬けを食べるという習慣があるらしい。台風が何事もなく過ぎ去っていくことを福神に祈るのだ、とご主人様は言った。ロボットには判らんが、なんだか含蓄のある話だ。
「福神漬けを開けたからさ、カレーを作ってよ」
と彼は晩ご飯のリクエストをした。缶詰を開けてから、カレーを作れと頼むのは、脅迫じみた行為のような気がした。が、うちのご主人様にそんな対人コミュニケーション術が使えるわけが無い。単なる偶然だろう。暇だからたまにはカレーでも作ってみますか。
まず、中華鍋を熱し、油をひく。その油を捨てて、新しい油を入れる。こうすると材料が鍋にくっつかない。次にみじん切りしたショウガと葱を炒めて香りを出す。いい匂いがしてきたら、合挽肉をそぼろになるまで炒める。んで、短冊に切った人参とジャガイモ、そして塩を入れて、しんなりするまで熱をいれる。油が野菜にしみてきたら、カレー粉を投入し、少しだけ炒めて、中華スープでこれらがまざったものを延ばして、スープ状にする。煮立った後、水溶き片栗粉を入れてとろみをつけたら完成だ。お椀に入れて生の葱を上に飾ろう。ご主人様に感想を聞いてみる。
「美味しいんだけど、これってカレーかな?」
「美味しかったら、何だっていいんじゃないですか!」
と返答する。試しに福神漬けを口に入れてみる。舌が痺れるような不自然な旨味と甘ったるい味。その上毒毒しい色をしている。これって不味いんじゃ・・・。いや、縁起ものにケチをつけるのは野暮ってもんだろう。
中華鍋にカレーの匂いが移ってしまって、何度洗っても取れない。これだからカレーは嫌なんだ。可愛そうな私の中華鍋。明日からおまえのつくるものはすべてカレー風味になってしまう。と涙を溜めた目をしながら必死に鍋を洗っているとご主人様がアニメを観はじめた。確か、これ前にも観たことあるぞ。たしか学園SFものだったはずだ。
「何であんな高いところに学校とか住宅があるんですか?」
とアニメに対する疑問をご主人様に聞いてみる。
「おそらく異常気象とか地震で山の上に移住したんじゃないかな。作られた時代から考えるに」
とのこと。ご主人様は物知りだ。生活に無関係なことに関しては、だけど。
半透明で鈍く光る巨人が、夜の街を破壊している。いいぞ、もっとやれ。巨人を応援すると、家が揺れた。おいおい。そうだ、外は嵐だったんだ。落ち着け、私。モニターの中には男と女の学生が映っている。あの巨人と戦うのだろうか。はしゃぐ女に、男がキスをした。すると、夜の世界が壊れ、彼らは元の世界に戻った。なんだこれ?
「キスで世界が普通に戻るのっておかしくないですか?」
「別におかしくないだろ。」
「そんな。まるでキスこそが世界で一番みたいじゃないですか。せっかく奇妙なことが起こってるんだから、そのことを楽しむべきでしょ。キスで世界が正常化する。そんなに身体を持てあましてるんですか。あのキャラクターは。」
「おなじ事を、あのキャラクターも言っていたよ」
ご主人様はモニターを指差した。ひねくれた顔の女学生が外を眺めている。何か強い羞恥心のようなものがおそってきた。昔のアニメと、今の私の発想が同じだなんて。だったら自分がわざわざ生まれてきた意味は何だろう、と。
「べつに、あのアニメの女の子の真似をしたわけじゃないですからねっ」
こう言ってみると、ご主人様は丸まって大声で笑い出した。涙まで流している。その姿を呆然と見ていると、また家が揺れた。カーテンを開けてみる。さっき観たアニメのあのシーンとそっくりの空。光の巨人はいない。ただ雨がガラスを叩きつけている。福神漬けの匂いが鼻へ入ってきた。あの奇妙な味を思い出した。おそらく、昔はこんな変な味はしていなかったはずだ。昔、人が人を愛していた時代。その時代から私達は遠く遠く離れている。そんなふうに思った。
- 2008/12/02(火) 14:07:29|
- シロクマとメイド
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